【小田原市】居神神社に「勝って甲」碑建立/郷土史愛好家・石井啓文さん 創建年など解明

 小田原市城山の居神神社(村上國起宮司)は12月24日、小田原北条氏2代氏綱公が3代氏康公へ伝えた『北條氏綱置文』で、「勝って甲(かぶと)の緒を締めよ といふ事、忘れ給ふへからす」と結んだ遺訓をもとに氏綱公を顕彰する「勝って甲」碑の「除幕式」を行った。
 同神社は、小田原北条氏に三浦新井城を攻められ、父三浦義同とともに自刃した荒次郎義意を祭神に祀るが、創健者や創建年は未詳だった。
 式には、古文書などから居神神社の創建年や氏綱公の足跡などを明らかにし、碑の建立を呼びかけた郷土史愛好家・石井啓文さん(77、小田原市東町)をはじめ、近隣自治会や氏子など約40人が参加、神事に続いて「勝って甲」碑の除幕式を行い、建立を祝福した。

三浦荒次郎義意公を祭神とする「居神神社」

 「勝って甲」碑は、真鶴産の本小松石で高さ170センチ(台座45センチ含む)。建立には、氏子や歴史愛好家など71人が協力した。
 神事に続いて、村上宮司が、未詳だった神社の創建年確定や碑建立までの経緯を交えて挨拶をした後、石井さんは、創建年を確認するまで過程や氏綱公の事績、3代氏康公に伝えた「北条氏綱置文」のなかから碑に刻まれた「勝って甲の緒を締めよ…」の意などを解説した。

「勝って甲」碑を囲む居神神社の村上國起宮司(中)と石井啓文さん(右)ら

 石井さんは、横須賀市が市制100周年を記念して発行した『新横須賀市史』から、会津坂下町史『異本塔寺長帳』に記された「永正十七年庚辰、三浦荒次郎義基(義意)首ヲ於小田原威神(居神)明神ト祭ル」などから創建年を永正17(1520)年とした。また、『新編相模風土記稿』には「同神社の祭典は、翌年の大永元(1521)年に始まり、神輿巡行では、小田原城馬出門で宮司の祈祷も行われている」と記されている。
 さらに、石井さんは「永正17年は氏綱公が家督相続して2年後で、1年前の永正16(1519)年に初代伊勢宗瑞公(北条早雲)が他界。敵将を自らの領地に祀ることは極めて珍しく、扇谷上杉氏の家臣で北条氏に小田原城を追われた大森氏と三浦氏の姻戚関係など氏綱公の三浦義意公への哀悼心なくして、居神神社の創建はなかった」という。
 また、早雲公の小田原入城は、北条氏が大森氏を追った明応5(1496)年から文亀元(1501)年の5年間とされていたが、『異本塔寺長帳』や長泉院(南足柄市塚原)所蔵『岩原郷古城略記』も岩原城・浜居場城など大森氏の支城落城を明応9年と記すほか、歴史学者の黒田基樹さんも『相模武士団』の中で明応9年説をとっている。
 早雲公の小田原入城が明応9年となれば、東京オリパラが開催される2020年は「早雲公小田原入城520年」「居神神社創建500年」の節目の年となる。
 石井啓文さんは、郷土の歴史探究の成果を「郷土士のプログ」http://kyoudosi.cocolog-nifty.com/blog/ で発信している。
(伊豆さがみ情報ネット)

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